タトゥーをいれることについて。ニュージーランドではどうなの?

NZ生活いろいろ
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今日は前置きは短く、今日本で話題になっているタトゥーについて思うこと、日本とニュージーランドでのタトゥー文化の違いをつらつらと書きます。

タトゥーの受け入れられ方の違い・日本とニュージーランドでどう違う?

タレントのりゅうちぇるが妻であり同じくタレントのぺこと、リンク君という子どもの名前のタトゥーを彫ったことについて、日本では大騒ぎになっているらしい。こういうニュースを見かけると、あぁそうだった、と日本の感覚を思い出します。

私は日本に住んでいた時からもともとタトゥーにたいして特に批判的な感情はなかったのですが、ニュージーランドに来てから、老若男女問わずタトゥーをいれている人が周りに当たり前にいる生活をするようになり、さらに何の思いも持たなくなりました。

日常的に見る機会が多いと、偏見なんてものはなくなるわけです。

日本でタトゥーに対して批判的な意見が多いのは、やはりタトゥー(刺青)イコール裏の世界の人、つまりヤクザや暴力団を連想するからだと思います。

そして日本で一般的な生活を送っていればなかなかそういう世界の人と触れ合う機会はないわけで、そうするとタトゥーが自分の日常とかけ離れた世界のものになり、結果として批判の対象となってしまうんだと思います。いつの世もマイノリティーは批判されがちですから。

では、ニュージーランドではどうなのかというと、タトゥーはファッションの一つとして広く一般に受け入れられてきています。

男女問わずタトゥーをいれている人をよく見かけますし、特別ガラが悪い人がいれているわけでもなく、普通の人が普通にいれています。ではニュージーランドではもともとタトゥーが一般に受け入れられていたのかというと、そうでもないのです。

ニュージーランドのタトゥー文化の変化

主に白人のニュージーランド人の間では、もともとタトゥーは船乗りや娼婦、ギャングなど低い階級に適したものと見なされていました。しかし時代とともに人々の価値観が少しずつ変化し、90年代半ばあたりから他の階級の人にも受け入れられはじめ、2010年に行われたPew Research Centreのリサーチによると、40%のミレニアル世代が少なくとも一つのタトゥーをいれていることが分かっています。

また2011年には、ニュージーランドのナンバーワンオンラインメディアであるNZ Heraldが750人にアンケートした結果、5人に1人近くがタトゥーをいれていることが分かりました。

オークランド大学の学術博士であるMisha Kavkのリサーチによると、現在では40歳以下のニュージーランド人はタトゥーをいれているか、またはいれてなくても、いれている人にたいして無関心になっています。

この大きな変化はSNSの発達が背景にあると考えられています。リアーナやアンジェリーナ・ジョリー、ベッカムなど世界的に有名な海外の多くのセレブリティー達はタトゥーをファッション的にいれており、それをソーシャルメディアを通じて発信することで一般人の目につく機会が圧倒的に増えました。

若い世代を中心に憧れのセレブリティー達にならってタトゥーをいれ始めるのは自然の流れだと思います。

こうしてタトゥーをいれる人が一般に増えてきて、街で見かけることが増えると、それをさらにマネする人が現れ、結果としてマイノリティーだったタトゥー文化がマジョリティーに変化していったのです。

原住民マオリにとってのタトゥーとは

※zealandtattoo.co.nzより掲載

ニュージーランドでは、原住民であるマオリが伝統的に特定の部族を表すためにタトゥーを入れてきた歴史があり、マオリにとってタトゥーアートは神聖なものとされています。

マオリの人々にとって、体の中で頭部が最も神聖な場所であると考えられているため、顔にいれるTa Mokoと呼ばれるタトゥーが最も人気で、顔全体や、顎や口の周りにタトゥーを入れているマオリの人々を街で見かけることが時々あります。

男性は顔全体に、女性は顎や唇、鼻のみににタトゥーをいれていることが多いです。顔とは別に体にいれている人もいます。

マオリのタトゥーは通過儀礼のようなもので、青年期にいれることが多いそうです。

また、タトゥーは序列や社会的地位、権威などを象徴するものであり、社会的地位が低い者は顔にタトゥーをいれることは許されていません。

マオリにとってタトゥーは神聖なものであるがゆえ、タトゥーをいれている最中に彫り師はその手で直接何かをつかんで食べることを禁止されており、またタトゥーを入れられている人を除いて誰かと会話することも禁止されています。

そんなマオリの人々にとって神聖なタトゥーが原因で、2013年に日本でマオリの女性が温泉に入るのを拒否された出来事がありました。

ニュージーランドの先住民族マオリの言語指導者で、日高管内平取町で6日まで開かれたアイヌ語復興を目指す講習会の講師を務めた女性が、石狩管内の民間の温泉施設で顔の入れ墨を理由に入館を断られていたことが11日、分かった。講習会関係者は「入れ墨はマオリの尊厳の象徴であり、大変残念」としている。

女性はエラナ・ブレワートンさん(60)。講習会関係者ら約10人で8日、札幌市内でのアイヌ民族の行事を見学後、入浴と食事のため温泉施設に行った。その際、ブレワートンさんの唇とあごの入れ墨を見た温泉側が「入れ墨入館禁止」を理由に入館を断った。同行したアイヌ民族の関係者らが温泉側に「多様な文化を受け入れることが必要では」と再考を求めたが聞き入れられなかった。

(2013年9月13日北海道新聞より抜粋)

この件に関しては、講習会の関係者が事前にマオリのタトゥーについて温泉側に説明し理解を得ている必要があったのではないかとまず思うのですが、いずれにしろ、その場でたとえ伝統文化であると説明しても受け入れられないほど、日本では入れ墨イコールNO!の考え方が強いことを示す例となりました。

日本人のタトゥーへの意識、このままでいいのか?

りゅうちぇるの件に関してはタトゥーをいれようがいれまいが個人の自由だし、家族でもない他人がどうこう批判することではないと思いますが、前述したマオリの女性の件については、受け入れる方向で考え直していくべきだと思います。

マオリの人々にとっては神聖なものを否定されたわけで、正直人権侵害として大きく取り上げられてもおかしくない出来事ですし、2020年には東京オリンピックも控えていて、外国人旅行者は増える一方です。

ニュージーランドをはじめ世界的に多くの国でタトゥーは一般的にファッションとして受け入れられてきています。そのためタトゥーをした外国人旅行者が日本を訪れる機会もどんどん増えていくでしょう。

このままいけば同様の出来事がまた起きるだろうし、そのたびに拒否された外国人はガッカリし、日本にもう来たくなくなるかもしれません。

時代とともに人々の価値観や考え方は少しずつ変化していくもので、日本でもこの数十年で例えばできちゃった婚やシングルマザー、晩婚、LGBTなど、昔は否定的な意見が多かったものも徐々に受け入れられつつあるように思います。

タトゥーに近いものでは、ピアスが良い例で、昔は親にもらった体に穴を開けるなんて、と否定的な意見が多かったのにもかかわらず、現在では広く一般に受け入れられています。

2020年4月には小学校3年生からの英語教育が必修となるなど、国際化を推し進めている最中でもあるので、言語だけでなく文化的な面でも柔軟に変化を受け入れていってほしいと願ってやみません。

まとめ&彼女がタトゥーをいれた理由

私は飽きっぽい性格なので、個人的にタトゥーを入れたいかというと、特に今のところ興味はないのですが、知り合いのKiwi(ニュージーランド人)の女の子(18歳)が、少し前に病気で亡くなったお父さんが残した手書きの文字をタトゥーにして手首の内側に入れたというのを聞いて、なるほどこういうタトゥーなら入れても良いなぁと思いました。

ちなみに彼女が彫ったお父さんからのメッセージは、「Calm down」。落ち着いて、という意味。焦ったりすることが多いので、このメッセージを見て自分を落ち着かせるのだそうです。全然上手な字ではないのですが、お父さんの字そのままで、味があります。

形見として一生亡くなったお父さんがそばにいてくれるなんて、なんともステキじゃないですか?これを誰かに否定される理由があるでしょうか?

こういった理由でタトゥーを入れる人もいます。タトゥーが入ってるからダメ!と即否定をするのではなく、もう少しだけ柔軟に相手のことを考えられる社会になっていってほしいなと思います。