NZクライストチャーチ 銃乱射事件の犯人に欠けているもの

クライストチャーチのモスクでの銃乱射事件から3日が経ち、詳細が少しずつ露わになってきました。

最初の報道では事件に関連して3人が拘束されたとのことでしたが、Tarrant容疑者以外の2人は事件とは無関係で、完全な単独犯であることがわかりました。
単独でクライストチャーチの2箇所のモスクに押し入り、50名の尊い命を奪いました。

後の報道で、Tarrant容疑者が犯行声明ととれる “マニフェスト”を犯行の9分前にニュージーランド首相のオフィスを含む70の政府関連機関や国内外のメディアにEメール送信していたことが分かりました。送信先は大多数がメディアで、内容から察するに全世界でメディアがマニフェストを公開することによって注目され、思想を広め、脅威を植え付ける目的があったと思われます。

マニフェストには犯行の具体的な場所や方法は記されていませんでした。アーダーン首相によるとEメールの受領後2分以内には、少なくとも彼女のオフィスでは政府関連施設のセキュリティー強化が伝達されたとのことで、もし犯行の詳細が書かれていたのならば即座に反応することができただろうと述べています。

マニフェストには、犯行に及ぶ理由となるTarrantの過激な思想が切々と書かれていました。それには白人の出生率の低下により白色人種のパワーが弱まっていくことへの懸念、移民は自国の土地を奪い文化や宗教を取って代わろうしている“侵略者”であり、特に人口増加の傾向があるムスリムへの嫌悪感が書かれていました。

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Tarrantの生い立ち

Tarrantは、オーストラリアの田舎町の中流家庭で育ったごく普通の男でした。子どもの頃からコンピューターゲームに夢中なところがありどちらかというと内向的な面はありますが、ニュージーランドでもオーストラリアでも犯罪歴はマイナーな駐車違反くらいのもので、経歴だけみれば善良な一般市民でした。

興味のある分野がなかったため大学には進学せず、高校卒業後社会にでました。

オーストラリアではジムでトレーナーとして数年働き、働きぶりもしっかりとしたもので、性格的にも問題なく、隣にいても違和感のない、普通の男だったとジムのマネージャーが証言しています。

2010年にTarrantの父親が病気で亡くなってから、海外旅行をするようになります。ヨーロッパや東南アジア、東アジアなどさまざまな国を旅行したことがわかっています。イスラム教徒が97%を占めるパキスタンに旅行したこともあり、その際もごく普通に楽しんだ様子が彼のFacebookにて当時投稿されていました。(現在は見れません)

昔の同僚や親族によると、この数年の海外旅行をきっかけに歪んだ思想が形成されていったのではないかとのことです。

Tarrantに欠けているもの

私が一番不思議で、今後も一生理解できないであろうことは、Tarrantがこんなに世界を旅行して様々な国や文化、習慣、宗教、そして人々に触れたにも関わらず、視野が極端に狭いことです。

私がTarrant に欠けていると思うことは、他者を思いやる心、他者の立場になって物事を考える心、つまり客観性の欠如です。

ニュージーランドの移民には、いろいろな人がいます。

私達日本人を含む比較的先進な国から海外移住する人は、単純に海外でのライフスタイルに憧れて来る人、海外で挑戦してみたい人、自国の働き方に疲れてワークライフバランスが整ってる国で生活したい人、視野を広げてみたい人、自国でうまくいかなかったから海外でやり直したい人、など本当に様々です。自国での生活に困窮して移住したという人はほとんどいません。

一方、移民といっても、自国が戦地で生活に困窮したため、安全な国へと逃れてきた難民もいます。

今回の銃乱射事件で亡くなった方のなかには、たった数ヶ月前にシリアから逃れてきた難民の方もいました。ようやく安全な場所で暮らせると幸せを噛み締めていたに違いない時に、世にも無残な状況で命を奪われました。

移民も難民も共通しているのは、どちらもより良い未来を求めて希望を持ってこの国にやって来たということです。この国を侵略してやろうと思ってきたわけではありません。

事件の後、すぐにザ・ブルーハーツの『青空』という曲の歌詞が頭に浮かびました。

生まれた所や皮膚や目の色で
いったいこの僕の
何がわかるというのだろう

この曲の歌詞の本当の意図は知りませんが、私の耳にはストレートに人種差別へのプロテストソングとして聞こえました。

人間は、生まれる国や環境、人種を選ぶことはできません。

自ら望んで、弾丸が飛び交うような戦地に生まれたわけではありません。

自ら望んで、教育も衛生も整っていないスラム街に生まれたわけではありません。

Tarrantはたまたま白人としてオーストラリアで生まれ、裕福とは言えなくとも弾丸が飛び交うこともない平和な土地で育ちました。

でも、もし彼が生まれたのが戦地だったら?有色人種として生まれていたら? 安全な国に移住できるチャンスがあっても行かず、自分の運命として受け入れて死んでいくのでしょうか?

Tarrantにもう少しの客観性と他者を思いやる心があれば、こんなことにはならなかったのではないかと考えずにいられません。

Tarrantは自分のことをどこにでもいる普通の28歳のオーストラリア人だと称していますが、それは違います。

偏った思想により、人であることを忘れてしまったテロリストです。

妻と多くの友人を失った被害者の1人であるFarid Ahmed氏が、犯人のことを許すと語っています。1人の人間として彼を愛すると言っています。

信じるものが何であれ、人は寄り添って生きることができる。もし誰かがあなたにひどいことをしたら、あなたは良いことを返しなさい、と言っています。

あまりに寛大で、言葉もありません。

Tarrantに彼の言葉が届き、いつか過ちに気づき償いの心がうまれることを願ってやみません。

ニュージーランドには死刑制度がなく、今回の事件で死刑を求める署名が集まっていますが、どんな判決であろうとも彼が本当に犯した罪の重さを理解し、悔やみ償える裁きが下されることを心から祈っています。



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